
3年間の試行錯誤が私に教えてくれたこと
防災備蓄を「きちんとやろう」と決意したのは、2021年の大雨で近隣の河川が氾濫しかけた夜のことです。当時、我が家の備蓄といえばカップ麺が数個と、賞味期限切れのクラッカーが少々。家族3人(夫・私・小学生の子ども)が2〜3日生き延びられるかどうかも怪しい状態でした。
翌日から書籍や自治体の防災ガイドを読み漁り、「ローリングストック法」という考え方に出会いました。日常的に少し多めに食材や日用品を買い、使った分だけ補充するというシンプルな方法です。「これなら続けられるかもしれない」という直感を信じ、地道に実践を始めて今年で3年が経ちます。
完璧にはほど遠く、失敗も後悔もありました。それでも試行錯誤を重ねた末に、わが家なりの「回る備蓄」が形になってきました。この記事では、その過程をできるだけ正直にお伝えします。
日本の家庭備蓄の現状が示す「備えの空白」
ローリングストック法を語る前に、日本の家庭における備蓄の実態を確認しておきます。内閣府が公表している「防災に関する世論調査」(2021年度)によると、自然災害に備えて食料や飲料水を備蓄していると回答した世帯の割合は約53%にとどまっています。約半数の家庭が、いまだ十分な備蓄を持っていないという現状が浮かび上がります。
さらに同調査では、備蓄している人の中でも「3日分以上を確保できている」と答えたのは全体の約39%に過ぎませんでした。内閣府や各自治体は「最低3日分、できれば1週間分」の備蓄を推奨していますが、この基準を満たしている家庭はまだ少数派です。
消費者庁の「食品ロスに関する実態調査」でも関連する傾向が示されています。防災備蓄として購入した缶詰や乾物の食品ロスが家庭内で生じていることが指摘されており、「備蓄はしたが使わないまま期限が切れた」という経験を持つ人が相当数いると推察されます。これはローリングストック法が注目される背景の一つです。
東京都が実施した「都民の防災行動に関する世論調査」(2022年)では、備蓄を実践していない理由として「何をどのくらい用意すればよいかわからない」(40.2%)、「定期的な管理が面倒」(32.7%)が上位に並んでいます。つまり備蓄が進まない最大の障壁は「意欲の欠如」ではなく「方法の不明確さと管理の煩雑さ」にあります。
ローリングストック法はこの二つの障壁を同時に解消できる可能性を持っています。日常の買い物と連動するため管理の仕組みが比較的シンプルであり、「何をどれだけ」という問いに対しても「普段食べているものを少し多めに」という答えで入口を低くできます。ただし、実際に続けるとなると、理屈通りにいかない場面が多々あります。次のセクションからは、私が実際に経験した試行錯誤の記録をお伝えします。
最初の半年:勢いよく始めて散らかった現実
ローリングストック法を始めた当初、私は意気込みが空回りしていました。「普段使うものを多めに買う」というルールを拡大解釈し、パスタ・レトルトカレー・缶詰・インスタント味噌汁・乾麺・飲料水・ゼリー飲料など、ありとあらゆるものを一度に購入してしまったのです。
問題はすぐに起きました。収納する場所がないのです。わが家はごく普通の賃貸マンションで、パントリーのような専用スペースは存在しません。キッチン下の収納、廊下の棚、クローゼットの隅と、備蓄品が家中に散らばりました。どこに何があるかわからない状態になり、夫から「これ何のために置いてるの?」と訝しげに聞かれる日々が続きました。
さらに深刻だったのは、「使う」というローリングの動作が全く機能していなかったことです。「いざというときのための備蓄」という意識が抜けず、備蓄品を日常の食事に使うことに心理的な抵抗を感じていました。結果として、6ヵ月後には購入当初の食品の一部が賞味期限切れになりました。備蓄のつもりで買ったものが食品ロスになるという、本末転倒な状況です。
この失敗から学んだ教訓は明確でした。ローリングストック法において「ストック」と「ローリング(使って補充する)」は対等に重要であり、ローリングなきストックはただの過剰在庫に過ぎないということです。備蓄品を「いつか使うもの」ではなく「今も使っているもの」として扱う意識の転換が、まず必要でした。
1年目の転換点:「定位置」と「品目を絞る」の発見
散らかった備蓄を一度整理し直したのが、実践開始から約8ヵ月後のことです。参考にしたのは、地元の市が発行している防災ハンドブックに掲載されていた「備蓄の見直し方」のページでした。
まず取り組んだのが品目の絞り込みです。わが家で月に最低1回は必ず使う食品・日用品をリストアップしたところ、以下に絞られました。缶詰(ツナ・サバ・コーン)、レトルトカレーとパックご飯、乾麺(パスタ・そうめん)、インスタント味噌汁、飲料水(2Lペットボトル)、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、ウェットティッシュ、そして子どもが好きなゼリー飲料です。
次にやったのが「備蓄専用の定位置づくり」です。キッチン下の収納扉の内側に、品目ごとに置く場所を決め、マスキングテープでゾーンを区切りました。見た目はやや手作り感がありますが、「ここにないものは在庫切れ」と一目でわかるようになりました。
この2つの変化だけで、日常の補充動作がぐっとスムーズになりました。スーパーで「缶詰を使ったから補充しよう」という判断が自然にできるようになり、気づけばローリングが機能し始めていました。最初の失敗の原因は方法論ではなく、「どこに何をどれだけ置くか」という具体的な設計を怠っていたことだと、このとき初めて理解しました。
2年目の課題:水の備蓄は想像より難しかった
食品のローリングストックが軌道に乗った2年目、改めて「飲料水」の難しさに直面しました。一般的に、1人1日3Lの飲料水が必要といわれています。家族3人・3日分で計算すると27L、1週間分なら63Lにもなります。
2Lペットボトルを1週間分ストックしようとすると、それだけで31〜32本が必要です。重さにすると60kg超。これを一般家庭のキッチン下収納に置くことは物理的に不可能でした。「水だけは別途まとめ買い」というルールを設けましたが、重い買い物を定期的に続けることが徐々に億劫になり、2年目の夏には補充が滞り始めました。
解決策として採用したのが、まずは「3日分を確実にキープし、余裕のあるときだけ追加する」という目標の下方修正です。完璧を目指して失敗するより、現実的な量を確実に維持することを優先しました。3日分(18L、2Lペットボトル9本)なら、キッチン下の一角に収まります。
また、浴槽への貯水を災害時の選択肢として位置づけ、ポリタンクを1つ備えることにしました。飲料水ではなくトイレの水や洗い物に使える生活用水として活用するためです。「完璧な備蓄」よりも「複数の選択肢を持つこと」という発想の転換が、水の問題では特に有効でした。
3年目の気づき:家族全員が「知っている」状態の大切さ
3年目に入ったとき、ふとした会話から重要な問題に気づきました。夫に「もし私が外出中に地震が起きたら、備蓄品はどこにある?」と聞いてみたところ、「えっと…キッチンのどこか?」という返答でした。子どもに至っては「リュックがあるのは知ってる」という程度の認識でした。
3年間、備蓄の管理は私一人でやってきた結果、「私しか知らない備蓄」になっていたのです。緊急時に私が不在だったり、負傷したりした場合、せっかくの備蓄が機能しない可能性があります。これは見落としていた盲点でした。
そこで取り組んだのが、家族全員参加の「備蓄マップ」づくりです。A4用紙1枚に、備蓄品がある場所(キッチン下・廊下棚・クローゼット)と、そこに何があるかを手書きで図示し、冷蔵庫の扉に貼りました。子どもにも「ここにお水があって、こっちにご飯がある」と実際に場所を見せながら説明しました。
さらに年に2回、半年ごとに家族3人で備蓄の確認をする時間を設けました。賞味期限のチェック、在庫数の確認、子どもが「これ食べてみたい」と言ったものを夕食に使う、といった作業を一緒にやることで、備蓄が「お母さんだけのもの」ではなく「家族みんなのもの」になってきました。3年間で最も大きな前進は、この変化だったかもしれません。
停電を経験して実感した「電気なし」の備えの重要性
3年目の秋、台風による停電を約6時間経験しました。食料の備蓄については一定の自信がありましたが、停電になった瞬間に予想外の困難が生じました。まず照明がなく、日没後の室内が真っ暗になりました。
懐中電灯はありましたが、両手がふさがる不便さと、テーブルに置けないという問題から、実際の使い勝手は良くありませんでした。スマートフォンのバッテリーも夕方の時点で残量が40%を切っており、情報収集と連絡のどちらを優先するか迷いました。
この経験から、備蓄品の見直しに取り組みました。照明については、ランタンタイプのものが両手を使えて便利だと気づき、電池式のLEDランタンを1台追加購入しました。モバイルバッテリーについても、スマートフォン2〜3台分を充電できる容量のものを改めて確認し、残量を常時60%以上に維持するルールを設けました。
食料の備蓄に意識が向きがちなローリングストックですが、「電気がない状態で生活する」という観点での備えが不足していたことを、この停電は教えてくれました。照明・通信・情報収集のそれぞれに対して、少なくとも3日間機能する手段を持っておくことが、食料備蓄と同じくらい重要だと実感しました。
3年間の経験から伝えたいアドバイス
ローリングストック法を3年続けた経験を通じて、「これだけは伝えたい」という点をまとめます。
まず品目を絞ることから始めてください。 「何でも備蓄しよう」という姿勢は、最初のうちは特に逆効果です。わが家が始めた頃のように、管理できない量を揃えてしまうと、かえって混乱します。まずは「家族が毎月必ず使う食品・日用品」を10品目以内で選ぶことをお勧めします。
定位置と視覚化が継続の鍵です。 備蓄品の置き場所を決め、「ここになければ補充時期」とわかる仕組みをつくることで、管理の手間が大きく減ります。棚の区画分けや、マスキングテープのラベルなど、100円ショップで揃う素材で十分です。
家族全員が場所を知っている状態を目指してください。 緊急時に自分以外の人が備蓄を使えなければ、備蓄の意味が半減します。年に1〜2回、家族で在庫確認する時間をつくることで、防災意識の共有にもつながります。
完璧を目指さないことが長続きの秘訣です。 「1週間分を常に完備する」という理想は、達成できない時期があると挫折感につながります。「最低3日分を切らさない」という現実的なラインを守ることを優先し、余裕のあるときに上積みしていくイメージが、3年間続けられた理由だと感じています。
食料と合わせて、電気・照明・通信の備えも考えてください。 停電の経験が教えてくれたように、電気がない状態での生活を想定した備えは、食料備蓄と切り離せません。LEDランタンやモバイルバッテリーの充電状態の維持も、ローリングストックと同じ感覚で日常管理に組み込むことをお勧めします。
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よくある質問
Q. ローリングストック法に向いている食品と向いていない食品はありますか?
A. 向いているのは、常温保存が可能で、かつ普段から定期的に使う食品です。缶詰(ツナ・サバ・コーン・トマトなど)、レトルト食品(カレー・スープ・丼の素)、乾麺(パスタ・そうめん・うどん)、パックご飯、インスタントみそ汁などが代表例です。一方、冷蔵や冷凍が必要な食品はローリングストックには向きません。停電時に使えなくなるリスクがあるためです。
また、賞味期限が非常に長い一方で「非常時専用」として備蓄している食品(長期保存の缶詰・アルファ米など)は、意識的に使って補充する習慣をつけないとローリングが機能しにくい面があります。まずは賞味期限が6ヵ月〜1年程度の食品から始め、管理に慣れてきたら長期保存食品も加えるという順番がスムーズです。
Q. 水の備蓄だけが難しくて続きません。どうすれば?
A. 多くの方が同じ課題を感じています。水は重く、かさばる上に定期的な入れ替えが必要なため、ローリングが最も難しい品目の一つです。まずは目標量を下げることをお勧めします。1週間分を目指してスペース不足で挫折するより、「3日分(家族3人なら2Lペットボトル9本前後)を切らさない」ことを確実にする方が実用的です。また、飲料水と生活用水を分けて考えることも有効です。浴槽への貯水や、防災用のポリタンクに貯めた水は飲料には使えませんが、トイレの水や洗い物には活用できます。
飲料水の絶対量に加え、生活用水の確保手段を持っておくことで、備えとしての厚みが増します。
Q. マンション暮らしで収納スペースが少ない場合、どう工夫すれば?
A. わが家も賃貸マンションで同じ制約があります。実践的な対策として、まず「デッドスペースの活用」が有効です。ベッド下、ソファ下、クローゼットの高い棚など、普段使わない空間を備蓄専用エリアとして割り当てます。次に「品目を本当に絞る」ことが重要です。スペースが限られているからこそ、何でも備蓄しようとせず、「この家族にとって最も必要なもの」に集中する必要があります。
また、日用品(トイレットペーパー・ティッシュ・ウェットティッシュなど)は体積が大きいわりに軽く、ロールタイプは圧縮袋に入れると保管スペースを削減できます。食品については量より品目の多様性を意識し、少量でも栄養バランスのとれた組み合わせを選ぶことが、限られたスペースを有効活用するコツです。
🔍 ローリングストック法を3年実践した家族が明かす備蓄の現実をチェック
3年間が教えてくれたこと
ローリングストック法は、一度仕組みをつくってしまえば「意識しすぎなくても回る」状態を目指せる備蓄の方法です。しかし最初から完璧な仕組みを持つことはできません。わが家の3年間も、失敗・見直し・再挑戦の繰り返しでした。
散らかった備蓄を片付けた日、賞味期限切れの食品を捨てた後悔、水の重さに補充の手が止まりかけた時期、停電で照明の大切さに気づいた夜。それぞれの経験が、少しずつ備えの精度を高めてくれました。
備蓄は「完成させるもの」ではなく「育てていくもの」だと、今は感じています。一歩踏み出して、少しずつ自分の家庭に合った形を見つけていただければ幸いです。





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