防災歴15年の経験から学んだ、現金とキャッシュレスのバランスで備える方法

公開: 2026年6月20日更新: 2026年6月22日備え太郎
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はじめに——筆者が防災を真剣に考えるようになった経緯

筆者が防災備蓄を本格的に始めたのは、2011年の東日本大震災がきっかけでした。当時、都内在住だったにもかかわらず、交通機関の麻痺や店舗の混乱を目の当たりにして、「自分はまったく準備できていない」という現実を突きつけられました。

それから15年間、防災コミュニティへの参加、自治体主催の防災訓練への継続的な参加、そして実際に台風被害や停電を経験しながら、少しずつ知識と備えを積み上げてきました。特に「お金の備え」については、何度も失敗を重ねながらようやく自分なりの答えにたどり着いた分野です。

キャッシュレス化が急速に進む現代において、「現金はもう不要では?」と考える方も増えています。しかし実際に複数の被災状況を経験した立場から言うと、その考えは危険です。一方で「現金だけあれば大丈夫」というのも過去の話になりつつあります。このコラムでは、両者のバランスをどう取るかについて、実体験を交えながら詳しく解説します。

目次

キャッシュレス時代における現金の立ち位置——現状分析

現代の日本社会において、キャッシュレス決済の普及は目覚ましい勢いで進んでいます。経済産業省の発表によると、2023年のキャッシュレス決済比率は39.3%に達し、政府が掲げる「2025年までに40%」という目標に手が届く水準まで上昇しました。コンビニエンスストアや飲食店ではほぼすべての店舗でキャッシュレス決済が利用でき、スーパーマーケットや公共交通機関でも当たり前の支払い手段となっています。

この流れを受けて、財布に現金を入れない若い世代も増えています。総務省の家計調査における消費実態調査でも、特に20〜30代の現金保有額が減少傾向にあることが示唆されており、「スマートフォン一台で生活できる」という実感を持つ人は年々増加しています。

しかし、この傾向が防災の観点から見ると大きな問題をはらんでいます。災害発生時、最初に機能を失うインフラの一つが電力です。停電が発生すれば、電子決済端末は動作しません。通信障害が重なれば、モバイル決済も利用不能になります。ATMも電力なしには稼働せず、銀行窓口の営業も停止します。

内閣府の「防災白書」でも、過去の大規模災害時には金融インフラの停止が被災者の生活再建を著しく困難にした事例が多数記録されています。阪神・淡路大震災では、ATMの稼働停止が数日から数週間にわたり、手元現金がなかった被災者が食料や生活用品を購入できない状況が続きました。

一方で、近年の被災地ではキャッシュレス決済の方が素早く機能回復した事例も報告されています。2016年の熊本地震では、一部の店舗でシステムが早期復旧し、クレジットカード決済が先に使える状態になった場面もありました。これは電力さえ回復すれば、現金の輸送や両替の手間なしに決済が再開できるというキャッシュレスの強みを示しています。

つまり、「現金かキャッシュレスか」という二項対立ではなく、それぞれの強みと弱みを理解した上で、状況に応じて使い分けられる「両方を備える」というアプローチが最も現実的です。日本銀行の決済統計でも、災害時のキャッシュニーズは平常時の1.5〜2倍程度に高まるとされており、現金保有の重要性は依然として消えていません。

停電時に初めて気づいた現金の価値——東日本大震災後の体験

2011年3月11日の夜、筆者は東京都内のオフィスにいました。帰宅困難者の一人として、数時間歩いて自宅に戻ったのですが、その途中でコンビニに立ち寄ったときの光景は今でも鮮明に覚えています。店内は薄暗く、電子決済の端末はすべて停止していました。「現金のみの対応です」という手書きの張り紙が貼られており、財布に数百円しか入っていなかった筆者は、棚に残っていた食料を購入することができませんでした。

その当時、筆者はすでに「キャッシュレス派」を自認していました。Suicaや当時普及し始めていたクレジットカードを積極的に使い、「現金を持ち歩くのは面倒」と思っていたのです。財布の中には常に数百円程度しか入っておらず、ATMに行けばすぐ下ろせるという感覚でした。

しかし、その日はATMも長蛇の列で、しかも一部は停電により稼働停止していました。ようやく使えるATMを見つけて並んだものの、待ち時間は2時間以上。疲弊した状態で列に並びながら、「なぜ事前に現金を持っておかなかったのか」という後悔が押し寄せてきました。

この経験から翌日、筆者は「非常用現金」を準備することを決めました。ただ、当初は「とにかく多く持つ」という極端な発想に走り、封筒に5万円を入れて引き出しにしまっていました。しかし後述するように、この方法にも問題があったと気づくまでにはさらに時間が必要でした。現金の備えには、金額だけでなく「保管場所」「金種の構成」「アクセスのしやすさ」というファクターがあることを、この時点では理解できていなかったのです。

台風被害と停電——キャッシュレスが先に復活した意外な現実

2019年の台風19号では、筆者の居住地域が約18時間の停電を経験しました。この経験は、東日本大震災後の教訓とは少し異なる示唆を与えてくれました。

停電発生から約8時間後、近隣のスーパーマーケットが発電機を使って部分的に営業を再開しました。興味深かったのは、このとき最初に使えるようになった決済手段が現金ではなく、一部のクレジットカード端末だったことです。発電機の電力で端末が動き、通信回線も生きていたため、クレジットカードであれば決済できる状態になっていました。

一方で、ATMはこの段階ではまだ稼働していませんでした。現金を持っていない人は購入できましたが、ATMで現金を補充しようとした人は引き続き困難な状況に置かれていました。

この経験から筆者が学んだのは、「どちらか一方に頼る」という発想の危うさです。現金が強い場面とキャッシュレスが強い場面は、災害の種類や規模、地域によって大きく異なります。両方を手元に持ち、かつそれぞれが機能する条件を理解しておくことが、本当の意味での備えになると実感しました。

また、この停電では「小銭の重要性」も改めて認識しました。商店側が「お釣りが出せない」という理由で販売を制限する場面があったのです。1万円札や5千円札しか持っていなかった人が、500円の商品を買えない状況が実際に起きていました。現金を備えるなら、1万円札を多く持つより、千円札と小銭を多く持つ方が実用的だと理解した瞬間でした。

「封筒現金」の失敗——管理と金種の重要性を学んだ試行錯誤

前述のように、東日本大震災の翌日から筆者は「非常用現金5万円」を準備していました。しかし数年後、この備えが実際には機能しにくいものだったと気づきます。

最初の問題は「場所を忘れる」ことでした。引き出しの奥にしまった封筒の存在が、日常生活の中で曖昧になっていきました。いざというときにすぐ取り出せるかどうか、冷静でいられるかどうか、という点で「記憶に頼る保管」には限界があります。

次の問題は「金種の構成」でした。5万円を急いで準備したため、1万円札5枚という構成になっていました。しかし前述の台風の経験が示すように、災害時には「お釣りが出ない」状況が頻発します。1万円札しかなければ、小さな買い物で大きなお金を使うことになり、手持ち現金が急激に減っていきます。

さらに「定期的な更新」という概念も欠けていました。お札自体は劣化しませんが、「非常用に使わない」という心理的な縛りが強くなりすぎて、逆に日常の急な出費に使えなくなってしまっていたのです。これは精神的なストレスにもなりました。

この試行錯誤の末、現在の筆者は以下のような構成に落ち着いています。非常用現金の総額は3万円程度、内訳は千円札15枚・500円玉10枚・100円玉20枚程度です。保管場所は防災リュックの決まったポケット一か所に絞り、定期的に取り出して確認する習慣をつけました。金額は「多ければ多いほど良い」ではなく、「実際の被災時に1週間程度の基本的な出費をカバーできる額」を目安にしています。

キャッシュレスの備えは「複数手段の分散」がポイント

現金の備えと同様に、キャッシュレス決済の備えも戦略的に考える必要があります。筆者が長年の試行錯誤を経て気づいたのは、「キャッシュレスを一つの手段に集中させると、その手段が使えなくなったときに詰む」という事実です。

たとえば、スマートフォンのモバイル決済だけに頼っていた場合、スマートフォンのバッテリーが切れた瞬間にすべての決済手段を失います。これは災害時に非常に現実的なリスクです。停電でモバイルバッテリーも使い切り、充電手段がない状況は十分ありえます。

一方、物理的なクレジットカードやデビットカードであれば、端末さえ動いていれば本体のバッテリーとは無関係に使用できます。ICチップ式のカードであれば、オフライン承認が可能な場面もあります。

筆者が現在実践しているキャッシュレス備えの構成は、「複数ブランドの物理カードを2枚以上財布に入れておく」「モバイル決済はスマートフォンとは別のサブデバイスにも設定しておく」「クレジットカードの緊急連絡先と番号を別メモとして保管する」の三点です。

また、銀行口座のインターネットバンキング設定とパスワードを紙に書いて非常用袋に入れておくことも重要です。被災後に別の地域の金融機関から送金を受けたり、口座残高を確認したりする際に、スマートフォンが壊れてもIDとパスワードさえわかれば対応できます。デジタルに依存した情報こそ、アナログな紙のバックアップが必要だという逆説的な事実に気づいたのは、比較的最近のことです。

地域コミュニティでの学び——共助の場面ではキャッシュが基本

防災コミュニティに参加して15年の間に、もう一つ重要なことを学びました。「地域のコミュニティ内でのやり取り」においては、現金が圧倒的に機能するという現実です。

大規模な被災時、行政や企業の支援が届くまでの間、地域住民が助け合う「共助」の時間帯があります。この場面では、食料や日用品を融通し合い、場合によってはその場でお金のやり取りが発生することもあります。また、地元の小規模な商店や個人経営の食堂が早期に再開したとき、キャッシュレス端末を持っていない場合がほとんどです。

2018年の西日本豪雨被害地域でボランティア活動に参加した際も、現地の小さな商店は「現金のみ」という張り紙を出していました。キャッシュレス端末の導入コストや手数料の問題から、地方の小規模事業者ほどキャッシュレス非対応のケースが多い現状があります。総務省の「商業統計」や中小企業庁の調査でも、地方の中小小売業におけるキャッシュレス端末普及率は都市部に比べて低い水準にとどまっていることが示されています。

被災者支援の現場では、「現金を持っていること」が柔軟な行動につながります。臨時の市場が立ち、商品の値段が口頭で決まるような場面では、スマートフォンをかざしても何も解決しません。この経験から、現金備蓄は「自分だけのため」ではなく「コミュニティの中で動くため」という視点も持つようになりました。

防災備蓄としての現金とキャッシュレスのバランス——読者へのアドバイス

ここまでの経験を踏まえ、現金とキャッシュレスのバランスをどう取るかについて、具体的なアドバイスをまとめます。

まず現金については、「最低1週間分の基本生活費を小額紙幣・小銭中心で手元に置く」ことを目標にしてください。金額の目安は家族構成によって異なりますが、一人世帯であれば2〜3万円、二人世帯なら4〜5万円を目安にする方が多いです。千円札、500円玉、100円玉を中心に構成し、1万円札は全体の3割以下にとどめることをおすすめします。

保管場所は「防災リュックの固定ポケット」が最もシンプルです。普段使いの財布とは完全に分離し、半年に一度は取り出して枚数と状態を確認する習慣をつけましょう。

キャッシュレスについては、「物理カードとモバイル決済の両方を持ち、かつ複数ブランドを分散させる」ことがポイントです。VisaとMastercardのように異なるブランドのカードを1枚ずつ持つだけで、片方が使えない場面でのリスクを大きく減らせます。モバイル決済はスマートフォンのバッテリー切れを想定し、ポータブルバッテリーとセットで管理することも大切です。

最後に忘れてはならないのが「情報のバックアップ」です。カード番号の下4桁、緊急連絡先、インターネットバンキングのID(パスワードは別管理)を紙に書き、防水袋に入れて保管しておきましょう。デジタルとアナログの両方を使いこなすことが、現代の防災における「お金の備え」の本質です。

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日本の主要地震による死者・行方不明者数(出典: 消防庁「災害情報」/ 内閣府防災白書)(消防庁「災害情報」/ 内閣府防災白書)
出典: 消防庁「災害情報」/ 内閣府防災白書

よくある質問

Q. 非常用現金はどこに保管するのが最も安全ですか?

A. 最もシンプルで効果的な方法は、防災リュックの決まったポケットに入れておくことです。防災リュック自体を持ち出すことが避難行動の基本になるため、現金も自然と一緒に持ち出せます。貴金属用の小型防水袋や、ジッパー付きの透明ポーチに入れると管理しやすくなります。金庫への保管は盗難対策にはなりますが、避難時に取り出す動作が一つ増えるため、緊急時の行動を妨げる可能性があります。自宅が全壊するリスクが高い地域では、職場や車の中など複数箇所に分散保管する方法も検討に値します。

Q. キャッシュレス決済は災害時に本当に使えないのでしょうか?

A. 「まったく使えない」ということはなく、「使える条件が限定される」という表現が正確です。電力と通信が確保されていれば、クレジットカードやデビットカードは比較的早期から使用できます。実際に2019年の台風被害の際は、停電中でも発電機を使った店舗でクレジットカード決済が可能でした。ただし、通信障害が重なる場合や、小規模店舗・個人商店ではキャッシュレス非対応の場合が多いです。「使える可能性はあるが、確実ではない」という前提で、現金と組み合わせて備えることが重要です。

Q. 高齢の家族と同居している場合、現金管理はどうすればよいですか?

A. 高齢者の方がいる世帯では、現金管理に「誰でも場所がわかる」という要素を加えることが大切です。非常用現金の保管場所を家族全員で共有し、年に一度は確認する機会を設けましょう。また、高齢者の方自身が持ち歩ける小額現金(千円札数枚と小銭)を、普段使いの財布とは別の分かりやすい場所(上着のポケットや小さなポーチ)に入れる習慣も有効です。キャッシュレス決済に慣れていない高齢者の方には無理に導入を勧めるより、現金を確実に手元に置く方法を一緒に考えることをおすすめします。

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まとめ——どちらかではなく、両方を使いこなすことが現代の備え

15年間の防災経験を通じて筆者が行き着いた結論は、「現金とキャッシュレスは競合するものではなく、補完し合うものだ」ということです。それぞれに強い場面と弱い場面があり、災害の種類や規模によってどちらが先に機能するかは変わります。

大切なのは、「両方を戦略的に備えておく」という姿勢です。現金は小額紙幣・小銭中心で防災リュックに固定保管し、キャッシュレスは物理カードとモバイル決済を複数ブランドで分散させる。そして、すべての情報をアナログなバックアップとして紙に残しておく。

備えに完璧はありませんが、「何も考えていなかった」という状態から一歩踏み出すだけで、いざというときの行動の選択肢は大きく広がります。今日から少しずつ、自分と家族に合ったバランスを探してみてください。

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「備えあれば憂いなし」を座右の銘に、非常袋を毎年アップデートし続ける自称・防災オタク。ローリングストックのせいで冷蔵庫が常に満タン状態。家族から「そんなに買って大丈夫?」と心配されるが、大丈夫じゃない未来に備えているので問題ない。いざというとき一番頼りにされたい人間。

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