
はじめに——防災士としての12年間で学んだこと
私が防災の世界に足を踏み入れたのは、2011年の東日本大震災がきっかけでした。当時、首都圏在住だった私は直接の被災を免れましたが、停電・断水・情報遮断という状況を目の前にして、自分がいかに無力かを思い知りました。その翌年から防災士の資格取得を目指し、以来12年間にわたり地域の自主防災組織への助言や、防災訓練の企画・運営に携わってきました。
その経験のなかで、繰り返し実感してきたのが「情報の力」の重要性です。正確な情報にアクセスできるか否かが、避難行動の質を大きく左右します。スマートフォンが普及した現代でも、災害時の停電・基地局ダウン・通信集中によるパンク状態を考えると、アナログなラジオの信頼性は揺るぎません。本記事では、12年間の実践と試行錯誤を通じて学んだ「災害時に本当に役立つラジオの選び方」をお伝えします。
災害時の情報収集を取り巻く現状
スマートフォン依存がもたらすリスク
総務省「通信利用動向調査(令和4年度)」によると、インターネット利用者のうちスマートフォンを主な端末として使用する割合は68.5%に達しています。一方、同省が発行する「令和4年版 情報通信白書」では、大規模災害時に携帯電話・スマートフォンが「つながりにくい」と感じた経験を持つ人が回答者の60%超に上ることが示されています。
この数字が示すのは、私たちの日常の情報インフラと、災害時に実際に機能するインフラの間に大きなギャップがあるという事実です。2018年の北海道胆振東部地震では、最大約295万戸が停電し、携帯電話基地局の多くがバックアップ電源の枯渇により数時間以内に機能停止しました(総務省「北海道胆振東部地震に係る通信インフラの被害について」)。
ラジオ受信機の保有率と備えの実態
内閣府「防災に関する世論調査(令和3年度)」では、自宅にラジオを備えている世帯の割合は約41%という結果が示されています。一方、実際に非常持ち出し袋にラジオを入れている割合はさらに低く、「持っているが場所を把握していない」という回答も少なくありませんでした。
ラジオは持っているだけでは意味がありません。電池が入っているか、受信できる状態かを定期的に確認してこそ、備えとして機能します。私が関わってきた地域防災訓練でも、「ラジオを取り出して実際に電源を入れた」という参加者は半数以下でした。
AM・FM・短波——波長ごとの特性
ラジオの電波にはAM(中波)、FM、短波(SW)の3種類があります。AMは障害物に強く遠距離まで届きやすい反面、ノイズを拾いやすいという性質があります。FMは音質がクリアで都市部の受信に向いていますが、山岳地帯や建物内では受信感度が落ちることがあります。短波は国際放送の受信に適しており、海外の気象情報なども拾えますが、一般的な防災用途ではAM・FMの2バンドで十分です。
なお、2011年以降、NHKや民放局の多くが災害時はFMでも臨時放送体制をとるようになりました。「ワイドFM(FM補完放送)」の普及により、従来AMのみで受信していた局がFMでも聴けるケースが増えています。ラジオを選ぶ際は、このワイドFMに対応しているかどうかを必ず確認してください。
体験エピソード
エピソード1:初めて買ったラジオで失敗した話
防災士の資格を取得した翌年、私は意気込んで「防災グッズ一式を揃える」と決めました。ホームセンターで手に取ったのは、見た目がコンパクトでデザインも良い、小型のFMラジオでした。価格は1,000円台。「安くてコンパクトなら言うことなし」と即購入しました。
ところが、実際に自宅で試してみると、鉄筋コンクリートの室内では受信感度が著しく低下し、ノイズが多くてほとんど聴き取れません。屋外に持ち出せば聴こえるのですが、それでは避難所の屋内や建物内で使えないことになります。さらに、FMのみの対応だったため、深夜や遠距離の情報を拾うのに向いたAMが受信できませんでした。
「安かろう悪かろう」という言葉を身をもって体験した瞬間です。防災用のラジオに限っていえば、受信感度・対応バンドの幅・電源の多様性の3点を犠牲にした「安さ」は、有事の際に致命的な欠点になります。この失敗以来、私はラジオを選ぶ際に「感度スペック」「AM/FM両対応かどうか」「電源の種類」を最初に確認するようにしています。
その後、AM/FM両対応かつ手回し充電にも対応したモデルを買い直しました。価格は3,000円台でしたが、実際に防災訓練で使ってみると、建物内でも安定して受信でき、電池が切れそうなときも手回しで対応できる安心感は段違いでした。最初から少し高くても信頼性の高いものを選ぶべきだったと、今でも後悔しています。
エピソード2:停電時に「電源」の多様性が命綱になると知った日
2019年に台風15号(令和元年房総半島台風)が千葉県を中心に甚大な被害をもたらしました。私は直接の被害地域には居住していませんでしたが、支援活動として現地入りし、避難所運営のサポートにあたりました。そこで目撃したのが「電源の枯渇問題」です。
多くの避難者がスマートフォンの充電を求めて列をなす一方、モバイルバッテリーを持参していた方々は比較的落ち着いて情報収集できていました。しかしバッテリーも数日で尽き始め、充電できる場所が限られているなかで「次のニュースはどこで聴けばいいか」という声が相次ぎました。
このとき、単3形乾電池で動くラジオを持っていた方は、電池さえ調達できれば継続して情報収集できました。乾電池は避難所の支援物資としても早期に配布されることが多く、汎用性の高さが際立っていました。一方、専用充電池のみに対応したラジオは、充電手段がない状況では「ただの箱」と化してしまいます。
この経験から私が強くおすすめするのは、「乾電池・USB充電・手回し発電の3つ以上に対応した多電源モデル」です。どれか一つが使えなくなっても、別の手段で動かせる冗長性が、長期避難生活では重要な意味を持ちます。
エピソード3:手回し発電の「現実」を知った試行錯誤
多電源対応ラジオの代名詞ともいえる機能が「手回し発電(クランク充電)」です。カタログスペックだけを見ると非常に魅力的で、私も最初はこの機能に強い期待を持っていました。しかし実際に使い込んでみると、いくつかの現実的な課題に気づきました。
最大の問題は、手回し発電の「効率の低さ」です。多くのモデルでは、1分間クランクを回しても数分程度しか再生できません。実際に計測してみたところ、あるモデルでは3分間の手回しでおよそ8〜10分の再生が可能でした。長時間のラジオ聴取には不向きで、腕も相当疲れます。
この経験から私が気づいたのは、「手回し発電はあくまで緊急時の補助手段」という位置づけです。普段から乾電池を備蓄しておくことが基本であり、電池を使い果たした最終手段として手回し発電を活用するという順番が現実的です。
また、手回し発電の品質はモデルによってかなり差があります。安価なモデルではクランク部分が折れたり、発電効率が著しく低かったりするケースがありました。実際に防災訓練でいくつかのモデルを参加者に試してもらったところ、「重くてすぐ疲れる」「子どもや高齢者には厳しい」という声が多かった一方、ギア比の設計が良いモデルでは「思ったより軽く回せる」という評価もありました。選ぶ際は実際に店頭で手に取り、クランクを回してみることをおすすめします。
エピソード4:受信感度の「差」が情報格差を生む現場を見た
ある年の防災訓練で、参加者それぞれが自宅から持参したラジオを集め、同一条件で受信テストを行ったことがあります。場所は公民館の1階ホール。全員が同じ周波数を合わせて、音質と受信の安定性を確認しました。
結果は驚くほど差がありました。高感度アンテナを搭載した機種はクリアに受信できる一方、コンパクト重視の安価な機種ではノイズが多く、内容の聞き取りが困難なほどでした。同じ部屋のなかで、これほどの差が出るとは私自身も予想していませんでした。
感度の高さは、特にAMで顕著に差が出ます。FMは比較的感度差が出にくいのですが、AMは内蔵アンテナの品質やボディのシールド設計によって、受信能力に大きな差が生じます。建物内・地下・山間部・鉄筋構造の避難所など、電波が届きにくい環境では高感度モデルが文字通り「情報の命綱」になります。
この訓練を経て、私は参加者に対して「感度仕様(感度:○μV、シグナル:○dBμV)をスペック表で確認する習慣を持つこと」と、「可能なら購入前に店頭で実際に受信テストをすること」を強くすすめるようになりました。カタログの写真やデザインだけで選ぶのは、防災ラジオに限っては禁物です。
エピソード5:ワイドFM対応の重要性を実感したエピソード
数年前、地域の防災勉強会でラジオの話題になったとき、参加者の一人が「自分の持っているラジオはAMがうまく入らない」と話していました。確認してみると、そのラジオはワイドFM非対応の旧型モデルで、AMの感度も低下していました。
「ワイドFM(FM補完放送)」とは、AM局がFM波でも同じ内容を放送するサービスです。NHK第一・第二をはじめ、多くの民放AM局がこのサービスに参加しており、FMの高音質・高感度で従来のAM番組を聴くことができます。特に都市部の高層建物内や地下など、AMの電波が届きにくい環境では、ワイドFMが唯一の受信手段になることがあります。
その方に「ワイドFM対応のモデルに買い替えることで、今まで入りにくかった局も聴けるようになります」とお伝えしたところ、翌月の勉強会で「聴こえなかった局がクリアに入るようになった」と喜んでいただけました。ワイドFMの対応周波数は90.1〜94.9MHzの帯域が中心です。
従来のFMラジオ(76〜90MHz)しか対応していないモデルでは、この帯域を受信できません。防災用ラジオを選ぶ際は、必ず「ワイドFM対応」の表記があるかどうかを確認してください。これは見落としがちですが、非常に重要なポイントです。
読者へのアドバイス——ラジオ選びの5つのポイント
12年間の経験と数々の失敗から導き出した、防災ラジオ選びの実践的なポイントをまとめます。
1. AM・FM・ワイドFMの3バンド対応を選ぶ
まず外せない条件がこれです。AMは遠距離・夜間の受信に強く、FMは音質クリア、ワイドFMは都市部の建物内での受信安定性を補います。この3つが揃っているモデルを選ぶことで、どのような環境でも情報収集できる可能性が高まります。
2. 電源は「乾電池+もう一つ」を最低条件に
乾電池(単3形または単4形)への対応は必須です。加えて、USB充電または手回し発電のどちらかに対応しているモデルを選んでください。乾電池は汎用性が高く、支援物資としても配布されることが多いため、まず乾電池対応を優先します。
3. 受信感度のスペックを必ず確認する
カタログや商品ページで「感度」の数値を確認してください。AMは感度値が低いほど高性能、FMもシグナル感度が高いモデルが建物内で有利です。可能であれば店頭で実機を試すことを強くすすめます。
4. 操作のシンプルさと文字の見やすさを重視する
停電時・夜間・疲労状態での操作を想定してください。ボタンが少なくシンプルな操作性のモデル、文字やメモリが見やすいモデルが実用的です。高齢の家族がいる場合は特に重要な視点です。
5. 定期的な動作確認と電池交換を忘れずに
どんなに良いラジオを持っていても、電池が切れていれば意味がありません。半年に一度は実際に電源を入れて受信確認をする習慣をつけてください。乾電池の長期保存については、パナソニック 乾電池エボルタNEOのように10年保存対応の製品を備蓄に活用するのが現実的な選択肢です。
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よくある質問
Q. Q1. スマートフォンのラジオアプリではダメなのでしょうか?
radikoなどのラジオアプリは通常時は非常に便利ですが、インターネット通信を必要とするため、基地局ダウン・停電・回線混雑時には使用できません。災害時こそ電波(放送波)を直接受信できるハードウェアのラジオが重要になります。アプリと実機ラジオは用途が異なる補完関係にあると考えてください。
Q. Q2. カーラジオや家のコンポのラジオで代用できますか?
カーラジオは車のバッテリーに依存するため、ガソリンや電力が確保できる間は有効です。ただし、避難所や徒歩避難の際には携帯できません。家のコンポは停電時に使用できなくなります。避難袋に入れて持ち出せる「携帯型の防災ラジオ」を別途準備することを推奨します。
Q. Q3. 防災セットに付属しているラジオで十分ですか?
アイリスオーヤマ 防災リュック 1人用 22点セットのように市販の防災セットに付属しているラジオは、スペースと価格のバランスから小型・シンプルなものが多い傾向があります。受信感度や対応バンドを確認し、不十分であれば別途専用の防災ラジオに差し替えることを検討してください。セット全体の品質は高くても、ラジオだけはアップグレードする、という判断は十分合理的です。
🔍 防災士が伝える、災害時に頼れるラジオの選び方をチェック
まとめ
災害時の情報収集において、ラジオは「最後の砦」ともいえる存在です。スマートフォンが使えなくなった状況でも、電波さえ届けば情報を受け取れるラジオの信頼性は、12年間の防災活動を通じて何度も確認してきました。
選び方の核心は「AM・FM・ワイドFMの3バンド対応」「乾電池を含む多電源対応」「高い受信感度」の3点です。そして、購入したら終わりではなく、定期的に動作確認を行い、電池を新鮮な状態に保つことが、備えを「生きた備え」にする唯一の方法です。
ラジオは安価なものでも数千円から手に入りますが、災害時にその価値は計り知れません。今日この記事を読んだことをきっかけに、自宅のラジオを一度取り出して、電源を入れてみてください。それが防災の第一歩です。



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